第一次バス釣りブームには多くの釣り人を集めたA沼。
’90年代以降はメディアで取り上げられることもなくなったが、
A沼は今でも、個人的に、50upが狙いやすい釣り場である。
ボロボロの『ファッツオー』。これを見るたびに思い出す。
25年以上前の話。
A沼で陸っぱりをする場合、(よく釣れる)ポイントはかなり限られていた。
そこで、
プレッシャーの少ないポイントに入るため、
道なき道を藪漕ぎして水際に出る…
ということを当時はよくしていた。
そうやって見つけた、あるポイントがあった。
岸からかなり離れた場所に大きな捨て石が相当数沈められていて、
それらが葦と絡んでハニースポットをつくり出していたのだ。
しかも、超どシャロー。
ボートも入れない。
この『ファッツオー』をゆっくり引くだけで、立て続けにバスが釣れた。
そのポイントへ行くためには、先ず、
幹線道路沿いに建つ巨大な廃墟に入る。
次に、廃墟を抜けて、葦原に出る。
そこからポイントへ向けて、6〜7分、葦原の中を歩くのだが、
途中、
葦原を開拓して畑をつくり、
小屋を建て、
生活している人(裸族ではない)がいたのである。
ところが、この住人がかなりのくせ者で、やたらとキレるのだ。
そっと通り抜けようとしただけで、
なぜかこちらの気配を察知し、
「バカ野郎!勝手に人の土地に入るんじゃない!」
「ぶっ殺されたいのか!」
「不法侵入で通報するぞ!」
などと、大声で、ツッコミどころ満載のせりふを吐いてくる。
とは言え、
そのルート以外はあまりにも過激な藪漕ぎになってしまうし、
「住人に見つからないように通り抜ける」
というスリル満点の楽しみ方もあって、
いつもそこを通っていた。
いわゆる“当たりルアー”。なぜか、この個体だけは、よく釣れるのだ。
そんなある日、ついに事件が起きる。
悪友が(断じてぼくではない)、住人を挑発してしまったのだ。
意味不明な叫び声を上げながら、鉈(ナタ)を振りかざして追いかけてくる住人。
これはヤバいやつだ…。
逃げ道はなく、ぼくらは必然的に、葦の中に飛び込んだ。
ところが、背の高い密集した葦は、視界はおろか、方向感覚さえも奪ってしまう。
「どうせ、すぐに、岸か水際に出られるだろう…」
と思っていたのだが、一向に葦原から抜け出すことができない。
足もとは突然底なし沼のように沈むし、
どこからナタを持った住人が出てくるか分からない。
(これが本当の『プラトーン』だ…)
安定した釣果を期待できるのは1/3ozなのだが、これだけは別。
恐怖におびえながら、もう何十回と葦を掻き分けた…
その時、
目の前の葦が、
触れてもいないのに、
「バサッ」と左右に割れたのだ。
ほぼゼロ距離。
正直に話すが、ぼくはびびってオシッコをちびった…
同時に、
「あぁ…ナタを振り下ろされる…」
「終わった…」
と本気で思った。。
しかし、、衝撃に襲われることはなく、ぼくは生きていた。
葦の向こう側から現れたのは、
ナタを持って怒り狂う住人とは全く別の、
全身が黒光りしている、
骨と皮ばかりの、
高齢の男性であった。
全裸の。
まさか、この広大な葦原の中に、
政府ですら未確認であろう、
別の人間が棲息しているとは…。
そう、これが、もう一つの裸族との出会いである。
否、出会いと呼ぶにはあまりにも短い、一瞬の出来事であった。
この全裸の男性、尋常じゃないほど、躍動感に溢れる…というか、動きにキレがあった。
左右に軽くステップを踏んだかと思うと、
転瞬の間に、
ゴキブリのような身のこなしで、
「カサカサッ」と葦の中に姿を消し、
それっきり現れることはなかった。
ぼくを敵だと思ったのだろうか?
びっくりしたのはこっちの方なんだけど…
ひょっとして、
残留日本兵?
最も“ルアーらしい”ルアーなのかもしれない。
人生でこれほど驚いた経験はない。
30年以上釣りをしてきて、
夜中のウシガエルよりも、怖いお兄さんに絡まれたことよりも、怪奇現象よりも、
ぼくにとっては、はるかに怖い出来事であった。
釣れ釣れ度■■■□□
ロスト度■■□□□
レア度■■■□□
「『戦争は終わったんだ』と伝えたい」度■■□□□