お盆とお彼岸は、釣りをしない。
(正確には「お盆は水に近づいてはいけない。」「お彼岸は殺生をしてはいけない。」)
幼い頃からの祖父の教えだ。
祖父も釣りをやっていたから、尚更のこと、今でもこの教えを守っている。
しかし、人は忘れてしまう生き物である…
20年前のこと。
関東地方の小河川。
バス釣りをする人なら、誰もが知っているような場所だ。
釣り場に到着したのは午前2時。
灯りはほとんどない。
陽が高くなるまでが勝負…
そう思い、ぼくはすぐに水辺に降り立った。
昔は、夏の暗いうち、『ファッツオー 大(5/8oz)』を使い込んでいた。
集落に車を駐め、ヘッドライトの明かりを頼りに、少しだけ川沿いを歩く。
近くには傾いた墓石が立ち並んでいる。
古い共同墓地なのだろう。
この先にある水路を境に風景は一変する。
家屋は点々と散らばり、川の両岸には水田が広がるようになる。
そこから100m程続くコンクリート護岸が、絶好のポイントとなるのだ。
水の動き、水深、ストラクチャー、、、
変化に富むこのエリアは、一年を通してバスのストックが多い。
とはいえ、背丈を優に超える葦によって視界は遮られ、ここから見渡すことはできない。
はやる気もちをおさえ、
葦の壁を抜け、水路を跳び越える。
(一応その前に、水路と、その吐き出しにはルアーを落とす。)
その後、土手を滑るように下り、ポイントに入った。
価格(かなりプレミアがついている)と釣果が比例しないルアーの代表格。
しかし、、
視線の先に延々と続く護岸を見渡して、
ぼくは愕然とした。
月明かりに鈍く光るコンクリート上に、
黒い人影が、20人程、
等間隔で並んでいたのだ。
休日はどこの釣り場も混んでいるものだ…
この時は、単純にそう思った。
先に述べたように、この河川はそれなりに有名である。
しかし、このコンクリート護岸沿いは、
ぼくがロッドでボトムを突っつきながら開拓したエリアで、
こんなに釣り人が集まることはこれまでなかった。
対岸は変化に乏しく、目立った実績もない。
この日はヘッドライトが一つ揺れているだけ。
雑誌にでも紹介されたのだろうか…
ものすごく悔しかったが、ルアーを投げることなく、すぐに引き返し、別のポイントへと向かった。
これは「スィンフィン」ブランドのもの。ぼくよりも年上だ。
早朝、ぼくは再びその河川へと引き返した。
しかし、夜中に入ろうとした「コンクリート護岸」は“かなり叩かれているだろう”と考え、対岸で釣りを始めた。
予想通り、バスはぽつぽつと釣れた。
対岸のコンクリート護岸上では、 3人組の若者が楽しそうに釣りをしている。
間もなくして、ぼくは同世代の釣り人(仮にAさんとする)と出会い、言葉を交わすことになるのだが…
話し込むうちに、Aさんは奇妙なことを言い始めた。
夜中、Aさんが集落の駐車スペースに到着すると、すでに先行者がいた。
Aさんが車を降り、釣りの準備を始めたときには、その先行者は、すでにポイントに向かって歩き始めていた、と言う。
その先行者が、「コンクリート護岸」へ向かっていることは明らか。
(話していると、Aさんも「コンクリート護岸」沿いの“旨み”を知っていた。その日も、まず、そこへ入ろうと考えていたらしい。)
そこで、Aさんは仕方なく、先行者の対岸で釣りを始めた。
しかしその先行者は、なぜか、一瞬にして立ち去ってしまう…
それを対岸から見ていたAさんは、
急いで集落を迂回し、
すぐに「コンクリート護岸」に入った、と言うのだ。
ちなみに、かなりいい釣りができたらしい。。
ストームといえば、このスケイル(scale)模様。
時刻、車種、服装などから、その先行者は、ぼくで間違いない。
そして、あの時ぼくが見た「対岸で揺れていたヘッドライト」は、やはりAさんのものであった。
そのときの会話の一部。
Aさん「でも、なんでポイントに入らなかったんですか?」
くま「いやぁ、めちゃくちゃたくさん人がいたから…」
Aさん「えっ?俺だけでしたよ!」
くま「??」
くま「護岸上に…たくさん、人がいましたよね?」
Aさん「誰もいませんでしたよー。」
くま「…」
話の全くかみ合わないぼくに対して、
Aさんは(やや怪訝そうな表情を浮かべながらも)清々しく付き合ってくれた。
嘘をついたり、適当に答えたりしているとは、到底考えられない。
ぼくは呆けてはいない。
一体、何を見たのだろう。
今では、いわゆる「釣りをしない人」が集めている、コレクタブルアイテムである。
思い返してみる。
まず、
あれだけ多くの人がいたにも関わらず、静寂が支配していた。
不可解である。
寂しさを覚えるほど、もの音一つ聞こえなかった。
あの時間、月明かりははっきりと照らしていた。
ところが、一切の色味をぼくは認識していない。
漆黒の、でもそれらは明らかに“人”であった。
そういえば、
半数の人は、
水面をじっと見つめるようにして、
護岸上にただしゃがみ込んでいた。
後からガサガサと音を立ててポイントに入ってきたぼくを見やる者は誰もいなかったし、
そもそも、誰一人としてロッドを手にしていなかったように思う。
服装も、夏のこの時季であるにも関わらず、ジャケットを着ているような人もいた。
あれだけの人数が、ぼくとAさんが入れ替わるまでの短い時間に移動することは不可能だろう。
第一、移動手段である車などが、その時間、周辺に全く見当たらなかった。
考えれば考えるほど、怪異な出来事である。
そうして、ぼくは、やっと気がついた。
「今日、お盆だ…」
『ファッツオー』には、トップウォータープラッギングがよく似合う。
ある地方では、
「お盆には、死者を誘うため、海が割れる。」
と伝えられているという。
ぼくは出会ってしまったのかもしれない…
異界へと戻るために水が割れるのを待っている人たちに。
ぼくがお盆に釣りをしたのはこの時が初めてであり、二度とすることはないだろう。
釣れ釣れ度■■□□□
ロスト度■■□□□
レア度■■■□□
「地元住民による何かの儀式的な行事だったのかもしれない」度■■□□□